映画「敵」について
現代では非常に珍しいモノクロ映画に興味を持ったことをきっかけに渋谷にあるユーロライブの先行試写会にご招待頂き、一足先に鑑賞してきました。
フランス近代史の元大学教授 渡辺が過ごす穏やかである「はず」の老後を描く。都内の山の手にある実家の古民家で一人暮らす渡辺は、僅かな講演料をもとに預貯金から自分自身の人生の残り時間を計算し、来たる日に備えて慎ましく生活。親族とは疎遠なものの、過去の教え子や偶然出会った女子大生と関わるうちに生活に不穏な敵の影が見え始め…
感想
作品を見終わった瞬間、劇場のスクリーンに釘付けになっている自分がいることに驚くとともに、生まれた瞬間からカラーにしか馴染みのない私にとって、モノクロ映画を1時間強見続けるのに果たして耐えられるのか…という考えは杞憂に終わったことに気が付く。
モノクロ作品にも関わらず、所々画面に「色」が見えるような気がして、映画のレビューを読んでいたところ同じように感じた人が一定数いるのが面白い。
監督曰く、観る人によっては食事シーンだけ色が見えるなんて観客もいるそうで、映画は「受け手の解釈に委ねられる」という言葉を実体験できた。
恥ずかしながら筒井康隆先生の原稿は読んでおらず、予備知識が殆ど無い中での視聴だからこそどんな展開が待ち受けているのかわからないからこそ怒涛の展開が最高にスリリングで面白かった。
ここからはネタバレを含みます
目まぐるしい展開と理解が非常に難しい主人公の思考に悩まされたけれど、それは他のお客さんも同じだったようで「既に2回観たけどまだ理解し尽くせない」方もいたほど。試写会後に吉田大八監督登壇のティーチインイベントでは時間に収まり切らないほどのファンからの質問が集まっていた。
中でも面白かったのが「主人公の渡辺は認知症を患っていたのか?」という質問。監督の答えはNO。
この作品はあくまでもSF要素が強く現実と妄想の境界線が曖昧になることが醍醐味であり、無論認知症への周知などを促すものではない。黒沢あすかさん演じる渡辺の妻との一連の出来事や、終盤戦時中のような兵士や銃撃戦、ご近所さんが撃たれるシーンはもちろん彼の妄想であり現実ではない。河合優実さん演じるフランス文学専攻の女子大生に金を騙し取られたことや序盤の教え子たちとの交流はおそらく現実だ。ただ、瀧内公美さん演じる教え子との関係や庭を横切る男性の姿、不自然に空いていた倉庫は…?
どんなに考えても補填しきれない不可解な出来事が多く「もしかすると最初から全て渡辺によって作り出された妄想だったのでは」とまで考えさせられる。
映画内で出てくる家屋について、監督によるとなんと実際に今も住人のいる住居だとか。
ぴったりな家で撮影すべく万が一見つからなかった場合は別撮りも考えたそうだが、作品に相応しい「妄想を魅せる魔力を持つ」家屋を見つけたそう。
本当に凄いのが、作品中のメインが渡辺の日常生活であり、他のSF作品に比較すると背景の移り変わりが少ないにも関わらず全く飽きないこと。
日本家屋にMACのパソコンやコピー機といった一見アンマッチな構図ですらも馴染んでいる一方、彼の教授時代の高学歴で地位のあるいわゆる「スマートな」人物像を反映させている古風でしっかりとした家の作りが魅力的だった。
ただ一つ、この映画をみて強く感じたことは「どんなに崇高な生き方をして、地位や財産を築いたとしても老いと孤独からは人間逃げられない」ということであった。と同時に、自身の人生の最後が人生で起きた感慨深い出来事をただ羅列した「走馬灯」なんかで終わらず、主人公の渡辺のようにスリリングで面白く、最後まで生き甲斐のあるものであって欲しいなと思わされた。
そして、終盤に覚悟を決めた主人公を演じる長塚京三さんの立ち姿があまりにもカッコよくて惚れ惚れしてしまった…
同時に、俳優さんは他とは次元が違うんだなと思わされるほどの目力の強さと姿勢の良さ、
そして何より圧倒的な存在感で惹き込まれてしまった。
あとがき
決して万人受けする映画ではないしバイオレンスやホラーなどの刺激が強いシーンは殆ど無いので、退屈と感じる人もいる作品だとは思うが、ぜひ一度映画館で見て欲しい作品です。
映画敵公式H P:https://happinet-phantom.com/teki/
2025年1月8日 ユーロライブにて鑑賞
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